2007年03月31日

ふと考えた事。

きゅりかわ店長です。m(_ _"m)ペコリ


…たまには社会的なネタでも。


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-Yahooニュース3/30配信より-

「文部科学省には、歴史を曲げるようなことをしてほしくない」。沖縄戦の集団自決で軍の強制があったとする記述に文科省が検定意見を付けたことについて、集団自決の生き残りであるNさん(73)=沖縄県座間味村=は30日、こう語った。
 座間味島で沖縄戦を体験したのは10歳の時。日本軍から手りゅう弾を渡され「米軍に捕まったら体のあちこちを切り刻んでじわじわ殺される」と聞かされた。「自決しろとはっきり言われたか記憶にないが、暗に自決しろと言っているのと同じだ」と振り返った。別の家族が手りゅう弾で自決するのも見たという。
 Nさんは「うやむやにするのでなく、歴史は歴史として後世に伝えなければいけない」と静かに話した。
 一方、命令を出したとされる元陸軍少佐Uさん(90)は同日、大阪市内で取材に応じ「(修正は)とてもうれしい。強制などとんでもない」と興奮気味に話した。
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…果たして、この二つのどちらが『事実』なのだろうか。。?


僕が考えるに、恐らく両方とも『事実』なのだろうと思う。
つまり、NさんにはNさんの、UさんにはUさんの『事実』があるのだろうという事だ。

一見、この二つの主張は全く二律背反しており、片方が『事実』ならもう片方は『ウソ』であるように見えるだろう。

しかし、彼らのバックグラウンドにおいて、二人が直接の接点をもっていた、という事実は確認できない。
当時、UさんがNさんに直接手榴弾を手渡し、米軍がいかに残虐な行為をするかを言い聞かせた本人なのかどうか、確認する術はないという事だ。

普通に考えれば、二人に直接の接点はなかった、と考えるのが自然であろう。
こう考えた時に、二人の主張は当時の時点においての『軍人』と『民間人』という視点から一つの事柄を見ていたという事にはならないだろうか。

軍人としては、当時国民の生命・財産を守るために懸命に戦ったのであって、その守るべき国民に自決を強いるなど有り得ない、という事になろう。

だが。。民間人としては、当時の軍人には必ずしも守ってもらえず、それどころか手榴弾を手渡されて捕獲されるより死を選べと暗に示された、という記憶があるのかも知れない。

このような事柄を扱う時、当時の沖縄戦を残された資料から俯瞰して、その細部については推定していくという手法が一つあると思うのだが、この方法を取った上で僕の知る限りにおいては、軍人の主張の方が分が悪いと思われる。

僕の知る限り沖縄戦の時点において、日本には満足に『軍事力』と呼べるほどの戦力は、すでに枯渇してきていたと考えられるからだ。
また、来るべき本土決戦のために、本土の守備隊は温存されていたと考える事もできる。
そして、沖縄戦は本土決戦を戦うにおいてのシミュレーションに過ぎなかった、という人もいる。

…このような状況で、兵員・物量において圧倒的に優勢な米軍に対し、国民の生命・財産を守るために有効な防御戦術が、当時の日本軍に取れたのだろうか。。?




ここで僕が考える『真実』はたった一つ。

“当時、沖縄において人が人ではなくなり、この世の地獄のような惨劇が起こった。”

というたった一点である。




そしてこのニュースに絡んで、以下のようなニュースも報じられている。

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-Yahooニュース3/30配信より-

文部科学省は30日、主に高校2年生以上が来春から使用する教科書の検定結果を発表した。日本史で、太平洋戦争末期の沖縄戦の際、日本軍による強制で住民が集団自決したとする記述すべてに検定意見が付き、各教科書会社は「日本軍により」という部分を削ったり、「自決した住民もいた」という表現などに修正したりした。(中略)
 沖縄戦の集団自決を扱ったのは6社8点。うち5社7点に「実態について誤解するおそれのある表現」と意見が付き、「日本軍に集団自決を強制された人もいた」が「集団自決に追い込まれた人々もいた」(S書院)などに改められた。
 2005年度(主に高校1年生対象)は申請段階から今回意見が付けられたような記述がなかったが、04年度は「日本軍に…『集団自決』を強制されたりした」と記述した中学の歴史教科書が合格している。
 文科省は「以前から(命令や強制はなかったとする)反対説との間で争いがあり、軍の命令があったと断定するのは不適切で、今回から意見を付けた」と説明している。
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…これでは、文科省はどう見ても『事実』のみ高校生に教えればいいのだ、と考えているようにしか僕には見えない。

軍によって民間人に自決が強要されたとかされなかったとか、そんな瑣末な『事実』などどうでもいいのである。
大事なのは、

“当時、沖縄において人が人でなくなり、この世の地獄のような惨劇が起こった。”

という(少なくとも僕が考える)『真実』こそ、大事な事なのではないかと考える。
そしてこれから先、日本人はまたもや

“人が人でなくなり、この世の地獄のような修羅場”

をくぐらなけらばならなくなるかも知れないのだ。。

個々の日本人として沖縄の『真実』をどう考え、そのときにどう行動するべきなのか。。その思考の源泉をこそ、高校生に与えるべきなのではないだろうか。。





…それとも「国家」による国民洗脳が、すでに始まってきているのだろうか。。
posted by きゅりかわ店長 at 02:44| 埼玉 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 諸事雑感 (時事ネタ) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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